「心がこもっていれば、文章は下手でも大丈夫!」とはよく言われるもの。私も同じ意見です。ただしどうせなら、より多くの人に「心がこもっている」と分かってもらえた方が良いのではないでしょうか?
敬語は「心をこめている」とスマートに表現できるスキルです。使わなくても生きていけますが、使えた方が表現の幅が広がり、その分対人関係も豊かになりますよ。大人として、少しずつ身につけていきましょう。
今回のテーマは「○○についてお話します」という文です。私が編集や校正に入ると必ず「○○についてお話しします」と直しています。
声に出すと同じ音なのですが、「お話しをする」「お話する」とは書かないのが普通。
そんなの気にしないでいいじゃないかと思う方は、敬語が苦手かもしれませんよ。
「話をする」「話す」を使い分けよう
「話」は名詞で、英語で言えばstoryにあたります。一方の「話し」は動詞「話す」(の連用形)。英語で言えばto talkです。
「話をする」と「話す」との違いってどう感じるでしょうか。私の場合、「話をする」は内容が既に決まっていて、改まった場でそれについて意見を述べ合う感じがします。他方「話す」だと内容は何でもよくて、相手と近づく、知り合うのが目的。まさに内容(名詞)なのか、動作(動詞)なのかの違いです。
話は戻って、「お話する」になってしまう原因の一つは「お話」「お話し」と「お」がついていること。試しに「お」を除いてみましょう。
・話しをする
・話する
違和感マシマシになりませんか? 送り仮名に迷ったら「お」を抜いて、内容なのか動作なのかを考えてみるとスッキリしますよ。
「話をする」vs「お話をする」
「お話」は、名詞「話」に敬語表現の「お」をつけたもの。形は同じでも、文脈によって働きが異なります。漫画『ドラゴンボール』(鳥山明作)のキャラクターを例にとって考えてみましょう。知らない方のために簡単に紹介します。
A.クリリン(話し手・書き手)
B.武天老師(Aの師匠。通称「亀仙人」)
C.ブルマ(聞き手・読み手。Aより年上の知人)
(i)武天老師さまがお話をする
(ii)私から武天老師さまにお話がある
(iii)『ドラゴンボール』のお話
誰に対して何を敬っているかを整理しましょう。
(i)話をする主語を立てている
(ii)話をする相手を立てている
(iii)「話」を美化した言い方。聞き手や読み手を意識している
(i)や(iii)は分かりやすいでしょう。難しいのは(ii)です。試しに「お」を除いてみましょう。
私から武天老師さまに話がある
急に不穏な空気が漂ってきませんか? 師弟関係を解消するとか、修行方法の批判をするとか、ちょっとした事件が起きる予兆です。常識的には立てることになっている人を立てていないので「不穏さ」を感じるわけです。
話し手・書き手に意図がなくても、武天老師本人や周りの人はそう受け取ってしまう危険性があります。したがって、この場合「お話」の「お」は必須であるといえます。
「私から武天老師さまに話があります。といっても別にネガティブなことではなくて……」など、説明が必要かもしれません。
余談ですが、ある方に「先生と呼ばず、○○さんと呼んでください」と言われたことがあります。真に受けた同級生がタメ口を使ったらめちゃくちゃ怒られていました。
それくらい「立てる」「立てない」の意識は根を張っているということですね。
敬語を使うには「登場人物」の理解が必要
5種類の敬語表現
国立国語研究所のまとめでは、敬語表現には5種類あるとのこと。
矢印の向きは、敬意などを向ける相手を指しています。
名称も分類もとてもややこしいですが、先ほどの文例だと下記のように分類できます。
武天老師さまがお話をする(①、A→B)
私から武天老師さまにお話がある(②、A→B)
『ドラゴンボール』のお話(⑤、A→C)
敬語表現を使うと書き手の心理を表現できる
尊敬語と謙譲語についても考えてみましょう。ちなみに、クリリンは私たちと共通の常識を持っている設定の人物です(地球人)。
武天老師さまがおっしゃった
「話した」の動作主を立てる場合は「尊敬語」を使います。敬語表現を使わない場合と比べていかがでしょう? 「武天老師さまが言った」とした場合よりも、話し手と武天老師との関係がより具体的になるというか、解像度が上がるというか。尊敬語を使うと、話し手から動作主への敬意を表現できます。
ただ、地球人のブルマではなくサイヤ人のベジータが聞き手だったら、地球の常識が通じなさそう(不穏な意図を勘繰らなさそう)なので「俺の師である亀仙人がそう言った」などと表現していいかもしれません。
聞き手次第で要不要が変わるので、「目上の人に対しては必ず敬語を使う」とは限らないわけです。
武天老師さまには私から話しに伺います(謙譲語Ⅰ)
ⅠとかⅡとかややこしくて嫌ですね。単純にいうと「対象を立てる」時に使います。話をしに行く対象の武天老師を立てています。
ナメック星には私が参ります(謙譲語Ⅱ、丁重語)
自分の動作について使っています。敬意の対象は聞き手です。
謙譲語Ⅰとの違いは対象を立てない場合でも使えるところです。例えば
悟空のところには私が参ります
と言うこともできます。話し手の友人である悟空を立てる必要はないですが、聞き手に対する敬意を表現できます。
ブルマに対してクリリンが「悟空のところに伺います」と言うのは不自然ですね。
悟空の妻であるチチが聞き手なら使えます。チチの身内である悟空への敬意を表すわけです。
実生活で使う際には「身内」「自分側」などへの理解が必要です。長くなりそうなので、これはまた別の機会に。
お話をするvsお話しする
話を元に戻します。敬語表現に関しては、「お話をする」と「お話しする」の違いは何でしょう。
私が仙豆のお話をします。
分解すると「お」+「話」+「を」+「する」。「お」のみが敬語表現です。「お話」は聞き手・読み手に対する敬意にあたるので、謙譲語Ⅱといえます。
他方、「お話しする」はどうでしょう。分解すると「お」+「話し」+「する」。「話しする」とは言わないので、「お話しする」で一つの表現です。さて、これは尊敬語でしょうか? 謙譲語でしょうか?
武天老師さまには私がお話しします。
話す対象(武天老師)を立てているので、謙譲語Ⅰですね。
ビジネスシーンでふさわしいのはどっち?
登場人物によっていろいろ変わると分かったところで、実生活に応用してみましょう。
先に見たように、内容が大事な場合は「話」。内容よりも相手とのコミュニケーションが大事な時は「話す」です。「お」をつける前に送り仮名の有無を判断しましょう。
・サイヤ人との交際歴10年の僕だから言える話をします
・武天老師さまだけに話します
その上で、敬語表現を使うかどうか決めます。
「聞き手は恐らく知らない、意外な(常識では想像できない)内容」というニュアンスを出したいなら「お」をつけない方がいいかもしれません。
話す対象が大事な場合には、こちらがおすすめです。あ、分かりにくいので言い換えます。
・ウェブマーケティング歴10年だから言える話をします
・上得意さまだけにお話しします
敬語を使いこなす自信がないときは、クリリンならどの相手にどういう口調で話しかけるか想像するとイメージがつかめるかもしれません。『ドラゴンボール』になじみのない方は他の常識的なキャラクターに換えてみてください。
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